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鳥取伝統芸能アーカイブス
運営主体/NPO法人プロデュース・ハレ
監修/鳥取県教育委員会
協力/鳥取県内各市町村教育委員会

麒麟獅子舞(きりんじしまい)

 聖獣麒麟をかたどった獅子頭を被り、胴幕に大人二人が入って舞う、因幡地方独特の二人立ちの獅子舞。昭和34年に大和佐美命神社(鳥取市上砂見・中砂見)、宇倍神社(鳥取市国府町宮下)、平成10年に下味野神社(鳥取市下味野)、倉田八幡宮(鳥取市蔵田)、賀露神社(鳥取市賀露)、むし井神社(智頭町芦津)、澤神社(八頭町才代)の計7ヶ所の各麒麟獅子舞が県の無形民俗文化財に指定されている。また、平成21年3月11日には、「因幡の麒麟獅子舞」全体が、国の記録作成等を講ずべき無形の民俗文化財に選択された。


宇部神社麒麟獅子舞                           「東照宮祭礼行列絵巻」寛延4年(1751)

芸態

 麒麟獅子舞は多くは一頭で舞われ、地を這うようにゆっくり頭を回したり、ひねったり、伸び上がるように頭を挙げたりする動作が特徴的である。麒麟獅子舞の頭は、太神楽系の獅子頭と比べると面長で、額に角、直立した両耳を持ち、ねむり獅子の異名があるようにまなこを閉じている。鼻の穴は天上に大きく開き、どことなくユーモラスな表情となっている。
また獅子舞にはよく、天狗などの獅子のあやし役がつくが、麒麟獅子舞においては、赤い面・衣装・髪の「
猩々(しょうじょう)」がつくのが特徴である。猩々は、長さ1.5メートルほどの赤い棒を持ち、舞いの前後や舞いの中で麒麟獅子を先導したり、比較的ゆるやかな動きで舞ったりする。

行われる時期と場所

 多くは春と秋に、地元の神社の祭礼において、神前で本舞を奉納するほか、氏子の家々を門付けしてまわる。そのため、3月から7月、9月から11月にかけて、様々なところで麒麟獅子舞をみることができる。獅子に頭を噛んでもらうと、子どもは賢くなり、大人は1年間無病息災だと昔から言い伝えられており、祭りになると、みんなが獅子に頭を噛んでもらう習慣となっている。

芸能の由来

 麒麟獅子舞は、鳥取藩主池田光仲(いけだみつなか)が、慶安3年(1650)に鳥取の樗谿(おおちだに)に日光東照宮の御神霊を祀る鳥取東照宮を建立し、2年後の承応元年(1652)に、その祭礼の行列に麒麟獅子舞を登場させたのが始まりだと考えられている。
麒麟は、すぐれた政治を行うとその徳を慕って出現するとされる中国の想像上の動物である。祭礼行列で先払いとして登場する神楽獅子の頭を麒麟に変えたのは、光仲が曾祖父徳川家康のような立派な政治を行うことの決意表明であり、また自身が家康の曾孫であることを知らしめるためだったと思われる。獅子のあやし役の猩々は、能の「猩々」に登場する中国の想像上の動物で、ことのほか能を愛好した光仲が、能からヒントを得て取り入れたものと考えられる。
以来、東照宮の祭礼には必ず麒麟獅子舞を登場させ、またその獅子舞を指揮・監督する「獅子庄屋」を任命しているが、こうした藩の姿勢から、因幡一円に麒麟獅子舞が広がることとなったと考えられる。


芸能の広がり

 大本である鳥取東照宮(現在の樗谿神社)の麒麟獅子舞は伝わっていないが、そこから直接教えを受けた地域では、「権現流」と称して当初の様相を伝えている。現在残る伝承では、28もの神社で樗谿神社から直接習ったとされるが、特に因幡一ノ宮の宇倍神社に最もよく受け継がれているといわれている。県内では、鳥取市、岩美町、若桜町、智頭町、八頭町に広く分布しており、休止分も含めると約170頭の伝承が確認されている。また、東隣の但馬地方や明治時代に北海道に鳥取から移住した地域にも伝播している。
麒麟獅子舞は、各地の神社の祭礼に奉納されるもので、それぞれの神社によって拍子や舞が少しずつ異なっているが、近年その差異に注目して、数頭一緒に舞う団体もあらわれている。因幡麒麟獅子舞の会は、鳥取市
覚寺(かくじ)、鳥取市河原町布袋(ほてい)、岩美町浦富(うらどめ)、八頭町米岡(よねおか)の各麒麟獅子舞保存会から成る団体で、平成16年2月に東京のNHKホールで行われた地域伝統芸能まつりで、初めて因幡地方を代表して、5団体が一斉に麒麟獅子舞を披露したのが発足の契機となった。同じようにみえる獅子舞の違いを楽しんでもらうなど、地域の宝として、県内はもとより県外の方々に麒麟獅子の魅力を伝えるために、各種イベントへの出演など様々な取り組みを行っている。

(参考文献)
鳥取県教育委員会『鳥取県の民俗芸能―鳥取県民俗芸能緊急調査報告書―』1993
野津龍著『因幡の獅子舞研究』第一法規出版1993